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昔話 [裏道]

むかーし、むかし…
どうも、So-net BackStreetです。

今週のトラックバックお題は 「昔話」。
あなたも、「昔話」についてのエピソード、コネタ、戯れ言などを、
トラックバックしてくださいね。


そして、コメントは、
  ・「昔話」について思ったこと
  ・ クリエイターの作品への感想
などなど、何でも書いてくださいね。



では、皆さんのトラバ、コメント、お待ちしています!

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次回の予告
来週のテーマは「メキシコ」の予定です。


 「むかしむかしあるところーに、おじいさんとおばあさんがおりました」
 懐かしいなあ・・・。もう何十年も前になるかな。おばあちゃん家に遊びに来ると、一緒に布団に入って、寝る前にいつも話して聞かせてくれた。
 それは、桃太郎であり、花咲じじいであり、すずめのお宿であり、浦島太郎であり、・・・レパートリーは、おばあちゃん、そんなにたくさんなかったけど、おんなじお話でも、よく眠れた。あったかかったなあ・・・おばあちゃん。あの頃一番大好きで、私の家に遊びに来てくれたときも、一緒に寝て、話してくれた。畑仕事に熱心な人で、「もう帰ってあの野菜の種をまかな」とか「畑の草掃除に行かなければ」とかで、帰ろうとするんだけど、いっつも泣いて引き止めたっけ。「今日一晩でいいからいて~」。一晩くらいは泊まってくれるのだけど、やっぱり仕事があるので、帰っていく。別れるために駅で涙のお見送り。もういつも泣いてばかりいた。
 いつごろからだったろう。いつしか一緒に寝ることも無くなり、母に、「一緒に寝てあげなさい」と言われるのだけど、布団がもう小さくて寝られない。私は直立不動の形で寝ていたなあ。
 そんなおばあちゃんも、晩年まで数年間、痴呆を患い、母が実家で付きっ切りで看病し、私たちは自分の家で生活していた。もうおばあちゃんは、私の顔も姿もわからなくなっていた。
 ある年の年末、おばあちゃん家に帰り、父とおばあちゃんの体の清拭をしていて、その頃はもう寝たきりになっていたのだけど、今まで固まっていた関節がやわらかく動くようになり、これは治る兆しではないのかと喜んでいたら・・・その夜、容態は急変し、病院に運び、救急処置を受けたが、・・・だめだった。
 「おばあちゃん」永遠の別れになってしまった。遺体の近くにはいてやれなかった。信じたくなかったからだ。
 その後、通夜、葬儀と一連の事を済ませるのだが、自宅療養してたときのベッドがぽっかり。
 それでも信じられなかった・・・。しかし長い患いだった。認知症は、本当に想像もつかないような事態を目の当たりにさせる。でも、長く療養生活を送ったのは、私たちともっと一緒に居たかったからではなかったか、少しずつ、自分の「死」を判らせて、あまりショックを受けないようにしていたのではなかったか。
 私はその後、仕事で上司に苛められたりして、自宅で憂さ晴らしのため一人お酒を飲んだりして、荒れた生活をした。一人暮らしの頃だ。「そうだ、おばあちゃんのところへいこう」ありったけのおばあちゃんの元気な頃の写真を枕元に並べ、ありったけの睡眠薬などをのみ、酒を飲み、今で言うリストカットをし、ベッドに寝た。
 夢を見た。3歳くらいの私が、神主さんの後ろを歩くおばあちゃんとその後ろについて歩いていた。なぜか地面は砂漠だった。その時、砂の波がぶわっと起き、私だけが彼女らから引き離された。「おばあちゃーん」「まだ来ちゃいかんて!」おばあちゃんの声が聞こえた。
 程なく、ものすごい気持ち悪さに目が覚め、自分でタクシーを呼び、病院へ行って処置を受けた。それはとても苦しい処置だった。以来2度としていないが、本当に苦痛なものだった。
 おばあちゃんは、私にまだ来てはならないと言っていたんだ・・・。
 そして私は、その後もいろんな苛めも苦痛も受けながらも、ここまで生きてきた。あの夢は、本当におばあちゃんからのメッセージのような気がする。
 おばあちゃん、私が天命を全うして、いつかそっちへ行くことになったらまた、一緒に寝ようね。そして、昔話を聞かせてよ。待っていてね。


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